ラテン語法諺(法格言)集
ローマ法の法諺(法格言)を集めてみました。ローマ法が現代の法制度にいかに大きな影響を与えているかが感じられると思います。
- absolutus sententia iudicis praesumitur innocens
- 裁判官の判決により放免された者は、無罪と推定される。absolutusは、「absolvo, absolvi, absolutum, absolvere」(釈放する、放免する)の受動態完了分詞男性形。sententiaは奪格。
- abundans cautela non nocet
- 過度の注意は損害とならない。注意深くしすぎてもそれは問題とはならない、不利とはならない。予見義務が加重されないという趣旨か。
- accessio cedit principali
- 従物は主物に従う。「従物は、主物の処分に従う」(民法87条2項)ということ。
- actioni nondum natae non praescribitur
- 未だ発生していない訴権は時効にかからない。
- actor forum rei sequitur
- 原告は事件の法廷地に来る。sequiは倒錯動詞(verbum deponentium)で、followやfolgenに相当。「事件の法廷地(rei forum)」とは、被告の普通裁判籍(住所地)のこと。
- actus me invito non est meus actus
- 私の意に反した行為は、私の行為ではない。「invitus, invita, invitum」は「意に反した」という形容詞で、動詞invitareではない。意思の欠缺した法律行為は無効だということ。
- actus omissa forma legis corruit
- 法律上の方式を無視した行為は崩壊する。方式の要求を満たしていない要式行為は有効ではないということ。
- adoptio naturam imitatur
- 養子縁組は自然に似る。すなわち、養親と養子の間には相応の年齢の開きがなければならない。
- bella gerant alii, tu, felix Austria, nube!
- 他国は戦争をするが、幸運なるオーストリアよ、お前は結婚しろ! 皇帝フリードリヒ3世の言葉。オーストリアは結婚により領土を拡大した(結婚政策)。
- bene docet, qui bene distinguit
- ものの区別がよくつけられる人は、教えるのもうまい。
- bis de eadem re ne sit actio
- 同じ事件について二度訴訟は起こされない(一事不再理)。
- bona fidei possessor fructus consumptos suos facit
- 善意の占有者は費消した果実を自分のものとする。現在の日本法でも、「善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する」(民法189条1項)のに対し、「悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う」(民法190条1項)。
- cedi ius personale alii non potest
- 人格権は他人に譲渡することができない。「ius personale」が「人格権」。aliiは単数与格。
- certum esse debet consilium testamentis
- 遺言の見解は確定しているべきである。遺言を第三者の意思にかからしめてはならないという趣旨。
- cessante causa cessat effectus
- 原因止めば効果止む。行為の原因がなくなれば行為の効果もなくなるということ。cessareは「止む」。cessante causaは独立奪格(ablativus absolutus)。cessanteは能動態現在分詞の奪格。
- cessante causa cessat lex
- 原因止めば法律止む。法律の制定理由がなくなれば、その法律は廃止されるということ。グラティアーヌスの法諺。
- cesante iure cessat lex ipsa
- 法止めば法律自身止む。法律に規定された法制度がなくなれば、その法律は廃止されるということ。
- confessio est regina probantium
- 自白は証拠の女王である。
- consensus facit nuptias
- 合意は婚姻を成立させる。ここでいう合意とは当事者の合意であり(親同士の合意ではない)、婚姻は当事者の合意により成立するという趣旨である。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」する(憲法24条1項)。
- da mihi factum, dabo tibi ius
- 我に事実を与えよ、汝に法を与えん。裁判所側から見た言葉で、裁判所と当事者の役割分担を示したもの。事実は当事者の立証により、法は職権で認定する。
- impossibilium nulla obligatio (est)
- 不可能なことは債務ではない。すなわち、原始的不能の債務は無効となる。「不可能な給付に向けられた契約は無効である(Ein auf eine unmögliche Leistung gerichteter Vertrag ist nichtig)」(ドイツ民法旧306条)。したがって、原則として債務不履行責任を負わなかった。しかし、2002年のドイツ債務法改革により、契約自体は有効だが給付請求権がない、と改められた(311a条1項、275条1項)。
- iura novit curia
- 裁判所は法を知る。法廷において法は公知の事実として扱われるので、当事者は証明する必要がない。むしろ、証明の有無にかかわらず、裁判所は職権で法を調査して適用しなければならない(国際私法により準拠法とされる外国法についてもこの原則が適用されるかには争いがある)。したがって、法の不知を理由にした裁判拒絶は許されない。
- iure suo uti nemo cogitur
- 何人も、自己の権利を行使することを強制されない。すなわち、権利は行使しなくともよい。この点、行使しなければならない義務と対置される。とはいえ、行使が義務付けられる権利も存在しないわけではない。なお、utiは倒錯動詞utorの不定形である。
- ius est ars boni et aequi
- 法とは善と衡平の技芸である。ウルピアーヌスによれば、ケルスス(Celsus)の法諺(D. 1, 1, 1)。
- publicum ius est quod ad statum rei Romanae spectat, privatum quod ad singulorum utilitatem
- 公法はローマ公共体(国家)の存立に関するものであり、私法は個人の利益に関するものである。ウルピアーヌスの法諺(D. 1, 1, 1, 2)。学説彙纂では、このあと「sunt enim quaedam publice utilia, quaedam privatim」(ある〔法律〕は公益に資するものであり、他の〔法律〕は私益に資するものだからである)と続く。公法と私法の分類に関するいわゆる利益説(Interessentheorie)。
- nemo plus iuris ad alium transferre potest quam ipse habet
- 何人も、自分が持っている以上の権利を譲渡することはできない。すなわち、「他人物売買は無効である(La vente de la chose d'autrui est null)」(フランス民法1599条)。
- nemo potest ad impossibile obligari
- 何人も、不可能なことに義務付けられることはできない。原始的に不能な債務は無効となる。「impossibilium nulla obligatio」と同義。
- nulla poena sine lege
- 法律なくして刑罰なし。法律に犯罪と規定されていない行為に対しては刑罰は科されない。いわゆる罪刑法定主義を闡明した法諺。
- nullum crimen sine lege
- 法律なくして犯罪なし。法律に犯罪と規定されていない行為は犯罪ではない。いわゆる罪刑法定主義を闡明した法諺。
- nullum officium sine beneficio, nullum beneficium sine officio
- 俸禄なくして職務なし、職務なくして俸禄なし。聖職者の地位と聖職禄の関係に関する教会法の法諺。
- pacta sunt servanda
- 合意は守られるべきである。契約や条約の拘束力の根拠。また、社会契約説に立てば、国家制定法の拘束力もこの原理により説明されうる。
- par in parem non habet imperium
- 対等な者は対等な者に対して統治権(高権)をもたない。国際法における国家の主権平等の原則。
- ubi societas, ibi ius
- 社会あるところ、法あり。人間の共同生活が存在するところには、必ず法があるということ。国家が規律する市民社会のみならず、部分社会においても、人間の共同生活が存在する以上、その関係を規律する法が存在する。